毎年、大和祭りでにきわう引地台公園の
裏側、福田れいえんに九人しゅうのお墓と
うばやま伝説のお話しが書いてあります。
今から、約470年前の大和の民話です。
柳橋会館の敷地に通りに面して掲げられている説明板
そこで、村の人たちは、鎌倉のお寺に
糸さんのすがたを木にほってもらい、
みんなで大切にくようすることにしました。
16枚のはすの花びらにすわっている
うば様です。
村の人がおがんでいるうちに、だんだん
やさしい顔になり、やがて、子どもの百日ぜきや子そだての神様となりました。
下福田の、れんけい寺に今もだいじに
くようされています。
おとの様は、
「さがみなる 福田の里の やまんばは
いつのいつまで 夫を待つらむ」
と 和歌をよんで
やまんばをなぐさめました。
それからは、ゆうれいはすっかり
でなくなりました。
村の人も「もっと糸さんをなかまに入れて
仲良くくらせば良かった。」
と こうかいしました。 
ある日、この道を通りかかった、
おとの様はこの話を聞いて、
とても糸さんをかわいそうに思いました。 
たった一人て、だれにもみてもらえずに
死んだ糸さんは、さみしくて、
さみしくて、夜になるとゆうれいになって、人の通るのをまつようになりました。
そのうわさは、遠い村までひろがり
だれも山の道を通らなくなりました。
あんまり久しぶりのごちそうに
糸さんのおなかは、びっくりです。
あっ、イタタ・・・ 
おなかがいたい、おなかがいたいと
くるしんで、くるしんで
とうとう死んでしまいました。

福田のやまんば(つづき)